会社が人件費をケチると・・・
会社にとって経費の節約は、経営を行っていく上で非常に重要な仕事です。

売り上がいくら上がったところで、経費がそれを上回ったら何の意味もありませんし、特に景気の悪いときは売り上げそのものを大きく増やすことは困難ですから、経費を少しでも少なくして、利益を確保するのは当たり前です。

これをおろそかにしていては会社が潰れかねませんので、経費削減を軽く考える経営者というのはあまり見かけませんし、またそういう人は経営者に向いていないでしょう。

しかし、必要以上に経費を削ろうとすれば、当然弊害も出てきます。

多くの会社にとって最も大きな経費はやはり「人件費」になると思いますが、この人件費を不当に削ることで利益を上げようとする会社は決して少なくありません。



サービス残業などはその代表的な例ですが、そこまで露骨にやらなくても人件費を圧縮する姑息な手段はいくらでもあります。

例えば、住宅手当や家族手当、地域手当などの各種手当ての削減や廃止などがそうです。
本当はこれらも立派に給料の一部なのですが「手当て」というと「給料の他に会社の好意で支給されている」という意識を持っている社員が多いから、削減の対象になりやすいのだと思います。

他にも社員の頭数を減らして一人当たりの仕事を増やしたのに給料は据え置きにする。


パソコンや文房具など備品購入のための経費の支払を渋って、なし崩し的に社員に負担させる(これも実質的な給料カットです)など、不当な人件費削減のバリエーションはとても豊富です(笑)

そしてこういうことをやっていると表面的には大きな問題が無くても、やがて社員のモチベーションは下がり、業務効率が下がったり、情報流出や横領などの非行化を招く原因になるのではないかと思います。

会社が人件費をケチれば、社員は忠誠心をケチる。

大盤振る舞いでは会社は潰れてしまうかも知れませんが、経営者は社員が最低限のモチベーションを保てる範囲で経費削減に取り組んでほしいものです。

by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

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【2009/11/22 21:15】 | 職場環境 | page top↑
刑務所を出たがらない囚人の心理
普通の感覚で言えば、刑務所や監獄というのは「極めて居心地の悪い場所」だと思いますが、必ずしも全ての人にとってそうとは限りません。

生活費や住居の心配、というような直接的な問題を別としても、刑務所の中で長い時間を過ごしてきた囚人は「外に出るのが怖い」と感じることが少なくないようです。



檻の中の生活に比べれば、いわゆる娑婆での生活の方がずっと自由な事は言うまでもないわけですが、その反面色々な事を自分自身で考えて行動しなくてはならなくなります。

刑務所の中に居るときのように食事は仕事、運動や睡眠の時間を管理されることが無い代わりに、自分でそれらを計画したり準備しなくてはなりません。

束縛が無い代わりに大きな保護も無い、それが自由な世界のルール。

名画「ショーシャンクの空に」でも、モーガン・フリーマン演じる囚人が長年の服役生活から釈放を前にして「外の世界」を恐れて苦悩する様子が描かれていました。



そして、そういう風に大きな組織や権力の保護の下から抜け出すことに対しての恐怖感というのは、我々のような雇われ労働者の心にも強く根付いているように思います。

会社に対しては大いに不満があり、「こんなところいつか辞めてやる!」なんて思いつつも、本当にそこを飛び出す勇気は無い。

本当にこんなところで自分は一生を終えるのだろうか?他に何かやるべきことがあるんじゃないか?と何となく思いつつ、自分自身で自分の環境を変えるための行動は取らずに何となく年を取って行くわけです。

今は監獄のような場所にいるけれど、いつかは本当の自由が欲しいと感じている人は、まず自分自身が入っている檻には実は鍵がかかっていないという事を自覚しておく必要があるのではないでしょうか。

「中にいれば、少なくとも今より悪くはならないだろう」という声がどこからともなく聞こえてくるかもしれませんが、それが本当かどうかなど誰にも分からないのですから…

by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

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【2009/11/09 22:31】 | 疑問に思うこと | page top↑
社員は会社の歯車
サラリーマンとして会社に勤めていると、基本的には会社や上司の命令に従うタイプの「仕事」が大きな割合を占めると思います。

管理職などになれば部下に命令を下す機会はあるかもしれませんが、それでも大抵の場合はさらに上司からの命令というのがありますし、役員クラスになったとしても社長からの命令、たとえ社長になったとしても親会社からの命令(厳密に業務命令と言えるかどうかは別として)があったりします。

命令に従って働く、あるいは命令に従ってまた自分の下に命令を伝える。
だからこそ、「俺は会社の歯車に過ぎない」なんていう台詞が出てくるのかもしれません。

しかし、私は個人的に、会社の「歯車」という存在はそれほど悲観したものでもないと思うのです。



歯車というのは、機械が動く上では非常に重要な部品です。
歯車が無ければ電車も、車も、自転車も、も動きません。ハイテク機器であるパソコンや携帯電話にだって、歯車は使われています。
さらに大抵の場合は、たくさんある歯車のうちの一つがダメになっただけで、その機械は動作不良を起こします。

つまり、歯車というのは必要不可欠な存在、無くてはならない重要な要素だということになるわけです。



「歯車は壊れたら交換する"消耗品"じゃないか・・・」
と思うかもしれませんが、それはきっと仕方ないのです。当然の事なのです(笑)

そもそも会社が存在する上で「必要不可欠な存在」である人物がいたとして、その人が居なくなって仕事が成り立たなくなるようでは、会社の性質に問題があると言えるのではないでしょうか?

もちろん優秀な人が抜けた場合などは、複数人でその仕事をこなす必要があったりはするでしょう。

それでも「人間国宝が芸術作品を作っている」というような特殊な例を除けば、どんな仕事でも代わりの人員さえ確保できれば何とかなる、いや、何とかするための仕組みが存在していなくてはならないのが会社組織だと思います。

「この歯車が壊れたら、代替部品はありませんので修理不可能です」
という機械など誰も買いません。
「これは重要な歯車ですが、破損したら代替品もありますので大丈夫です」
という設計になっていなければダメなのです。

だから私たち労働者は、きっと「歯車」で良いのです。

ただし、機械や部品のメンテナンスもロクにせず、いつも無理な操作をして歯車をダメにしてはすぐ交換・・・というような企業で働くのはゴメンですけどね。

by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

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【2009/10/26 21:58】 | 運営者日記 | page top↑
地球に優しい?企業の環境保護
地球温暖化や環境汚染が問題になっている今、特に先進国では企業の環境問題への取り組みが重要視されています。

場合によっては単なる「企業イメージ」というところだけに留まらず、取引先として一定の基準(環境問題へ取り組みに関する認証取得など)を満たしている企業が優先的に選ばれたりするので、商売をする上でも気を使わないわけにはいきません。

で、「地球に優しい」なんていって掲げて製品開発をしたりするわけですが・・・
多くの方が主張されているように、これはどう考えても的外れな表現だと思うのです。

環境問題は温度がどうだとか有害物質がどうだというようなことが言われますが、そもそも「何℃が最適か?」とか、「何が有害か?」というのは完全に人間の基準です。



昔の地球など、それこそ灼熱地獄かつ人間がとても生きていられない大気成分だったわけです。

その時に地球が「こんなひどい環境はいやだ!」と考えていて、今のように人類が繁栄している状態を「ああ快適だ^^この状態を保って下さいな」と感じているという根拠などどこにもありません。

たぶん、地球という星そのものは完全に中立で、たまたま我々人間という生物が生まれて繁栄するのに必要な環境が整っているのが今の時代だというだけでしょう。

それなのに、勝手に自分たちで環境を壊して、
「このままじゃヤバイ!」
とでもいうかのように環境問題に取り組み「地球に優しい」などと豪語しているのはどう考えてもおかしい。

地球にもし意思があったとしたら、
「繁殖するのは勝手ですが、自分で変えた環境をまた自分たちに都合の良く戻したからといって、私に対して奉仕した気になるのは止めていただきたい。私はあなたたちがいなくなっても、何一つ困ることはないのですから。」
くらいの事は言うかもしれません(笑)



だから正しくは「地球にやさしい」ではなく「自分にやさしい」というのが環境活動の本来の姿だと思います。

それはあまりにも表現として美しくないのでNGだと言うのであれば、せめて我々を含めた生物にとっての「環境にやさしい」くらいの方が表現として相応しいのではないでしょうか。

まあ、企業にとっての環境活動はあくまでも経営のためであることがほとんどですから、誰に優しいわけでもなく、単なる経済活動の一環と捕らえるべきなのかもしれませんが・・・

by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

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【2009/10/10 21:48】 | 疑問に思うこと | page top↑
表と裏のコンプライアンス
個人経営や、それに近い零細企業ならともかく、世間の評判が売上に大きく影響する大企業では法令遵守、いわゆるコンプライアンスに対して真面目に取り組んでいるという姿勢をアピールすることは経営上の必須事項と言えるでしょう。

消費者だって道徳的にちゃんとしていない会社からは物を買いたくないでしょうし、会社間でも取引先がなんかヤバイことをやらかせば自分の会社にまでとばっちりが来る可能性がありますから、「うちはマジメな会社ですよ」ということを示しておかないとライバル企業に遅れを取ってしまう可能性が高くなるからです。



しかし、色々な会社の内情を知っていくと、このコンプライアンスにはおもいっきり二面性が有ることに気づきます。

一つ目の「表のコンプライアンス」は人間で言えば「そとづら」の部分にあたり、顧客や取引先向けの法令遵守です。

例えば情報セキュリティーに関する認証を取得して公的な機関のお墨付きを貰ったり、株式の上場基準を満たして公開企業になったりするのがこの部分です。

これに関しては世間の評価や売上に直結するだけに、多くの企業が惜しみ無くお金や労力を注ぎ込みます。
人間に例えると、服装やアクセサリー、メイクなんかはバッチリの状態です。

そして二つ目が「裏のコンプ、イアンス」、人間で言うと「身内だけに見せる裏の顔」に当たる部分の法令遵守

具体的に言うと労働基準法などの法律を守るとか、自分の会社の従業員の労働環境を整える、取引先を選ぶ上でも違法行為に目を光らせる、といった部分になります。

残念ながらこっちのコンプライアンスについては、一流と言われている大企業ですら無関心な場合が多いようです。

私は世間的に「コンプライアンスに力を入れている」と言われている大企業で働いていたこともありますが、残念ながら力を入れているのはあくまでも会社の利益に直接関わる「表のコンプライアンス」だけ。
自社の利益になると思えば違法な悪徳業者ともどんどん取引し、解雇した従業員との間でも訴訟が絶えないという酷いありさまでした。

人間に例えるならば、身なりは綺麗でも内面はボロボロの状態です。

そして結局、普段は目立たない「裏のコンプライアンス違反」も、社員のやる気を減退させて業務効率が下がったり、上記のように訴訟に発展したりして、結局はそのツケを払わされることになるわけです。



会社に大事にされなかった従業員が会社やコンプライアンスを大事にするわけはないのですから、経営者はそういう部分を理解した上で、本当の意味でのコンプライアンスに力を入れてほしいものです。

by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

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【2009/09/27 20:34】 | 未分類 | page top↑
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