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日本人は奴隷気質?
しばらく前に、あるテレビ番組を見ていた時のことです。

たまたまそのチャンネルになっていて情報が目に入ったので番組名などは覚えていませんが、新橋かどこかの飲み屋街にレポーターさんが出向いて取材をしていました。

対象は、会社帰りに一杯やってるサラリーマンの方々。
みんなスーツ姿でほろ酔い加減。楽しそうに飲んでいます。



日本では見慣れたこんな風景、しかしそれを取材している外人のレポーターや、スタジオでその様子を見ている外国人にはとても奇妙に見えたようです。

「なんで、家に帰らないで飲んでるの?」
「なんで、家族と飲まないの?」
「なんで、仕事でもないのにわざわざ上司と一緒にいるの?」

彼らにしてみれば、仕事は仕事、家は家。
仕事というのはプライベートな時間のためにするものなのに、なんでわざわざ仕事が終わってからの時間に、会社の人達と酒を飲んでいるのかということが理解出来ないんだそうです。

ひとまとめに「外国」と言っても、お国柄によって多少は違うのかも知れません。
それでも、少なくともスタジオにいた欧米人の出演者にとっては、信じられない光景という様子でした。

欧米の文化では、上司と部下とか経営者と労働者という主従関係はあくまでも契約の上だけでのこと。
だから、労働時間が終わったら命令されるいわれはないという感覚が一般的なのです。

そもそも、
「仕事が終わったら一杯付き合え」
という文化自体が無いらしい。

考えてみれば、日本人は確かに仕事とプライベートが強くリンクしすぎている感じがあります。
私の周りを見ていても、会社で飲み会が開催されると言えばほとんどの人が参加しているし、サービス残業しているという人も決して珍しくありません。



違法行為によって虐げられていても、「みんなそうしているから」と泣き寝入りしてしまう。
私はそんな風潮が日本人の奴隷気質を助長しているような気がしてならないのです。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』
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テーマ:労働基準法と職場環境 - ジャンル:就職・お仕事

【2012/06/20 22:21】 | 疑問に思うこと | page top↑
休日平準化なんていらない
政府が検討している案に、「休日の平準化」というものがあります。

平準化というのは平らに”ならす”こと。
つまりゴールデンウィークのような時期にみんなで一斉に休むのではなく、地域ごとに休みを分散するというものです。



そうすれば宿やレジャー施設に一時期に人が集中してパンクすることがない。

逆に言えば今まで人が来なかった時期にもほどよく分散する効果があるので、経済効果が期待できるなどと言われています。

しかし、私はこれに大反対です。
絶対にやめるべきだと心の底から思います。

なぜかというと、そもそも今の制度のままでも、週末やゴールデンウィーク以外に休みを取ることはいくらでも可能なはずだからです。

だって、有給休暇があるじゃないですか。
労動者の権利として、法律で認められているはずですよね?



でも、みんな休めていないのが現実。
この事実について考えてみる必要があると思うんです。

制度としてはそうなっていても、結局まわりが働いていると自分は休めない。

本人が遠慮するだけじゃなく、そもそも会社が有給休暇という制度を無視したり(違法ですが)、休むと評価が下がったりするから十分に機能していないのが実情です。

年末年始やゴールデンウィークのような時期は、他の会社も休んでいるからこそ、業務が通常通りできないからこそ休める。

それなのに平準化なんて行ってしまったら、
「取引先が営業しているからうちも営業する!」
という会社はたくさん出てくるのではないでしょうか?

特に、今の制度でも休みをロクに与えていないようなブラック企業では、労働環境が間違いなく悪化するでしょう。

しかも、せっかく休みを取って里帰りできたとしても、家族や親戚と一緒にのんびりすることができないかも知れない。
共働きの夫婦だって、勤務地が県をまたがっているというだけで、すれ違いの休日を過ごすことになりかねません。

地域ごとに祝日を設けるというような複雑な仕組みに社会を対応させようとすれば、平日と休日で処理が違うようなシステムには再開発が必要になったりもするでしょう。

労働基準法にしてもそうですが、そもそも守られていないルールをいじくり回したところで、よくなることは何も無いと思います。



本気で観光産業を発展させる気があるなら、本当ならもっとレジャーに時間を費やせるはずの今の制度をキッチリ守ることを考えるべきではないでしょうか。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

テーマ:労働基準法と職場環境 - ジャンル:就職・お仕事

【2011/04/23 13:38】 | 疑問に思うこと | page top↑
刑務所の仕事
テレビのドキュメンタリーなどを見ていると、刑務所の中の生活が紹介されることがあります。

刑務所の中というのは、関係する機関に就職するか、何かやらかして懲役刑にならない限り見ることができない世界です。



もちろん私も、直接自分の目で見たことはありません(笑)

ただ、映像で見る限り日本の刑務所は、映画などで見る海外の刑務所と違って、設備も清潔だし秩序もあるようです。

そして刑務所の中では、受刑者が出所してから社会で生活していけるように職業訓練なども行われています。



定番としてよく見るのが、機会作業や木工、裁縫などでしょうか。

もっとも職業訓練も最近は多様化していて、理髪師や美容師、介護職とか医療事務など、単純に技術を覚えるだけでなく、資格が取れるものがあったりもするそうです。

でも、ひとつ不思議なことがあるんです。

それは、受刑者がパソコンに向かっているところを見ないこと。



ITが進化してきている今、パソコンを使う仕事というのはものすごい勢いで増えてきています。

別にプログラマーやシステムエンジニアになったりしなくても、基本的なパソコンのスキルは必要になる機会が多いでしょう。

ちょっとした個人のお店でも顧客名簿をパソコンで管理してたりしますし、スーパーのレジで使われているPOSシステムや、工場で使われてる機械にもwindowsベースのものがあったりします。

むしろ、全くパソコンを使わない仕事の方が少ないくらいになってきているのではないでしょうか。

特に、刑期の長い受刑者の場合は何年も刑務所の中にいるわけで、ITの世界に触れずにいると浦島太郎状態になってしまう気がします。

まあ、私が知らないだけで実際にはパソコン講習くらい行われているのかも知れませんが、少なくともテレビなどで見る限りでは、
実際の仕事でパソコンが使われる割合>>>刑務所の職業訓練等パソコンに触れる割合
という印象がぬぐえないのです。

もちろん、パソコンを使わない仕事に就く可能性もあるにはありますが・・・・

仮に仕事でパソコンを使わなかったとしても、私生活でパソコンを使える人と使えない人では、得られる情報の量が大きく違うのは事実でしょう。

役所や警察などについてもそうですが、公的な期間やサービスって、民間と比較するとなんとなく「時代遅れ」な感じを受けるんですよねぇ。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

テーマ:労働基準法と職場環境 - ジャンル:就職・お仕事

【2011/03/15 10:34】 | 疑問に思うこと | page top↑
CMと企業イメージ
テレビなどで流されている色々な企業のCM。

一番目的が分かりやすいのは、商品を紹介するタイプのものだと思います。

高機能な家電製品。
おいしそうなお菓子。

「買いたい」という気持ちにさせるために、お金をかけて広告しているわけです。

でも、CMの狙いは色々。
中にはモノやサービスを売るのではなく、企業のイメージアップを目的のものもあります。

たとえば、
「◯◯は環境のための活動に取り組んでいます」
という電気屋さんのCMとか、
幸せな家族のシーンを流す保険会社とか。

タレントさんがさわやかに登場したり、心がなごむBGMが流れたりしています。

想像できると思いますが、こういうタイプのCMは直接売り上げに結びつくわけではありません。

要するに、その企業のイメージを良くするために流されているわけです。



でも、そんなCMを見ていると、
「このCMを見て、その会社の社員さんはどう感じているんだろう?」
思うことがあります。

イメージのいいCMを流しているということと、その会社の実態というのは全然関係ない話だからです。

CMというのは、そのCMの会社がつくっているわけじゃありません。
作っているのはあくまでも広告代理店や、その代理店に命令された制作会社。

たとえばCMを出そうと考えている会社、つまりクライアント企業が人を人とも思わない悪徳企業でも、お金をもらって仕事をするCM制作会社は、
「私たちの会社はブラック企業です!要注意!」
なんてCMは絶対作らない(笑)

CM制作のプロが、頭をひねって、心理学的なテクニックなんかも使って、さわやかで好印象なCMを作ります。

彼らはその道のプロですが、CMを流す企業の中身については知りません。

だからもしかしたら、実際にその企業に勤めている人は、
「CMだからってキレイ事ばかり言いやがって・・・社会奉仕どころか、社員の残業代すら払ってないじゃないか!」
なんて毒づいている可能性もあるんじゃないかと思うわけです。

それでも、多くの人はCMを見るときに理屈で考えたりしません。
なんとなく眺めているうちに、良いCM=良い会社という図式が刷り込まれるというしくみです。

そしてCMを流す方はそれを知っているからこそ、イメージ広告というものは無くならない。

実際にブラック企業で有名な会社も、ガンガンイメージ広告を流しています。



だからそれを見る我々は、
「いいCMだなあと」
ではなく、
「このCMを作った制作会社は優秀だなあ」
というように、頭の中で変換しておいたほうがいいと思うのです。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

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【2011/02/07 23:19】 | 疑問に思うこと | page top↑
いらないポスト、ありませんか?
少ない人数で仕事をしていると、一人当たりの負担も大きく、それぞれの役割もはっきりしていることが多いものです。

だから、誰かが手を抜いたりサボったりすれば「お前何やってるんだ!」とすぐに責任を追求されます。

でも、組織がある程度大きくなり構造も複雑になってくると、少しくらい人が抜けてもそれなりに仕事が回ることもよくあります。

2人で荷物を持っているときに片方が力を抜けばすぐわかるけど、大勢で綱引きをしているときに一人くらい「頑張っているフリ」をしても気づかれにくいのと同じ原理です。

そして、会社でもこれと同じ原理で実質的には労働力になっていないのに、分け前だけは一人前、いや人並み以上にもらう人が生まれてしまうことがあります。

企業同士の競争が激しい現代では、基本的に無駄な部分はどんどん削減されていく傾向にありますから、普通は会社の運営に貢献していなければ「もっと人を減らせるだろう」とスリム化の対象になってしまうのが普通です。

だから、下っ端の社員や現場の第一線で働く労動者が「働かずに分け前だけもらう」ポストにつくことはまず難しいでしょう。

しかし、ある程度権力のある地位にいる人たちであれば話は別です。
彼らは経費削減を「命じられる側」ではなく「命じる側」ですから、自分たちのポストを自分たちで確保することすら可能な場合があります。

そして下っ端の労動者が
「作業員の数を減らして会社に利益を!」
なんて言わないのと同じように、自分たちに損な事を言い出すことはありません。



さらに彼らの決定は会社の決定にも成り得るので、会社全体が厳しくなっても楽にのうのうと居座ることができるわけです。

大抵の場合、そういう「美味しいポスト」には◯◯顧問、◯◯監査役、◯◯相談役などの「何となく偉そうな肩書き」が用意されます。
(注:こういう肩書きの人が役立たずなどというつもりは毛頭ありません。あくまで「お手盛り」ポストに付けられやすい役職というだけの話です。念のため)

会議には出席するし、発言もそれなりに影響力がある。
でも、誰も表立って指摘はしないけれど、実は会社の業務にはあんまり貢献していない(笑)


私もいくつかの会社で働いたが、そういうポストにある人がたまたま定年退職したり長期病欠しても、何の問題もなく仕事がまわっていることがよくありました。



きっと「仕事ありき」ではなく「人ありき」、つまり「この人に何か役職を用意して・・・」というところから生まれたポストだったのでしょう。

一番責任のある経営陣、だけど最初に責任を取らされるのは下っ端社員で、経営陣に被害が及ぶのは一番最後。
これが資本主義というものなのかも知れませんが、なんだかずるいような気がしますよねぇ。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

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【2010/09/11 20:13】 | 疑問に思うこと | page top↑
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