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今、ビジネスの世界は基本的に能力主義・成果主義にシフトしつつあるのは誰もが感じていることでしょう。
年功序列で出世コースを外れさえしなければ勤続年数とともに昇進・昇給していけた時代に比べれば、能力のある人にとってはチャンスが拡大したと言えるのかもしれません。 しかし、まだまだ大きな問題も残っています。 それは、能力主義だ!と言いつつ部下を評価し経営方針を決める立場の人間が、そもそも年功序列の力で昇進している場合も多いということです。 つまり、場合によっては能力が無い上司が、部下を評価する事になるわけです。 これはスポーツに例えればバッティングの能力があるのか無いのかもわからない、ただ野球に長く関わっているだけの人間がバッティングコーチをするようなものです。 かといって、年功序列のシステムを少〜しずつ能力主義・成果主義に移行していくという方法では、企業の競争力を保てない、という意見もあるでしょう。 これは、確かにその通りだと思います。 だから、能力主義・成果主義を徹底させるのであれば、 「一度地位を築いてしまえば、あとはそこそこの努力でOK」 というようなシステムを放棄して、下克上が頻繁に起こるような仕組みにしてしまうのがベストなのではないでしょうか。 まず、上司が部下を評価するだけではなくて、部下も上司を評価する。 そして大抵の企業では不祥事を起こしたり、よほど業績が悪くなければ降格はないかもしれませんが、このような立場の固定化は完全撤廃。 一定の基準を満たしていれば昇進ができると同時に、少しでも基準を下回れば年齢や勤続年数に関わらずどんどん降格させるというしくみです。 それこそプロ野球選手のように、昇進も降格も今よりずっと流動的にするのです。 年収も実力に応じて1年で数倍になったり、逆に数分の1になったりする。これが真の能力主義・成果主義と言えるのではないでしょうか? まあ、実際にこんな会社があったとしたら、能力に自信の無い私なんかは入社を躊躇してしまうかもしれませんけどね(笑) by 『労働基準法違反を許すな!労働者』 テーマ:労働基準法と職場環境 - ジャンル:就職・お仕事 |
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バブル経済の崩壊により、1993年から2004年くらいまでの期間に学校を卒業して社会人となった人たちは、非常に厳しい求人難のなかで社会に出ることを余儀なくされました。
いわゆる「就職氷河期」という時代です。 かく言う管理人もそんな就職氷河期に就職活動をしていた人間の一人ですが、確かに当時の就職戦線はかなり厳しいものがありました。 まず、必要な知識を学校で身に付けて卒業しても、希望の職種に該当する求人そのものが無いのです。 管理人はある分野の研究職・技術職での就職を希望していたのですが、学校に集まった求人情報のなかから全ての会社を検索しても、募集人数はなんと日本全国でたったの2社、人数にして計3人という始末。 企業側の対応も非常に強気(横柄?)で、問い合わせの為に電話かけても「それくらい自分で調べてください」というような対応をされたり、書類先行の為に遠隔地から履歴書だけ持参させて(なんと郵送不可!)返事すらよこさなかった、なんていう話も聞きました。 だから同期の学生達は、毎日実験室で科学技術の研究をしていたにも関わらず、そのほとんどが外回りの営業職や、食品工場などの工員として就職していきました。 それでも正社員として雇用されればまだ良い方で、就職氷河期に社員になれなかった世代からは、フリーターやニートになる人が多数生まれたと言われています。 フリーターやニートの問題に関して、一方では「国の責任」「社会の責任」などとも言われていますが、個人的には国や社会の責任だけで解決するのは難しいのではないかと思います。 そもそも不景気と人工バランスが原因で求人難が起こっている以上、根本的なレベルで解決できない限り、問題の発生は避けられないでしょう。 「正社員雇用に前向きな会社に補助金を出す」というような制度を作る事も、景気の低迷によって税収が減っている状況では難しいはずです。 どうせ最後は自己責任と言われてしまうんでしょうから(笑)せいぜい希望の職種じゃなくても自分が興味のある分野の会社に就職して部署異動を狙うとか、思いっきり希望条件のランクを落として技術を身につけたらさっさと転職するのが賢い選択なんでしょうね。 by 『労働基準法違反を許すな!労働者』 テーマ:就職・転職・仕事・求職・アルバイト・パートのNo1最新情報 - ジャンル:就職・お仕事 |
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エジプトにあるピラミッドは、長い間権力者が奴隷を働かせて作ったものだと考えられていましたが、最近になってその説は否定されました。
ピラミッドの建設は現代における公共事業のようなもので、沢山の労働者が労働と引き換えにパンやビールなどの対価を受け取り、労働時間も石版のタイムカードによってきちんと管理されていたんだとか。 一方、長い間学生生活を送る現代の人々は、就職する前こそ希望に燃えているものの、社会人になってその理想が打ち砕かれる事が多いようです。 劣悪な会社での扱いは極点に言えば奴隷のようなもので、沢山の労働者は超過勤務をしてもサービス残業。 賃金という正当な対価も受け取れず、自動的に刻印されるタイムカードすら改ざんされる始末・・・ 話は戻って古代エジプトでは、仕事を休む事に対してかなり寛容だったようです。 石版上の勤務記録に労働者が「二日酔い」や「誕生日」なんていう理由で欠勤していたと記されている情報があったのは、実に興味深いところです。(ソースはNHKスペシャルです) しかし、現代の労働社会では法的に認められた有給休暇ですら、十分に取得できない労働者がたくさん存在します。 BBSに書き込まれている内容&知り合いの話を聞いてみても、有給休暇取得の目的が制限されているばかりか、「うちの会社に有給休暇は無い」なんていうとんでもない事をいう経営者ものさばっていたりします。 まあ、ピラミッドが建てられた時代の記録なんて、本当に部分的なものしか残っていないわけですから、一部の事柄だけから現代と比較する事はナンセンスかもしれません。 古代のエジプトでも、労働を管理している人の人格によってはパワハラがあったり、不当な扱いを受けていた労働者もいたでしょう。 ただ、そういうことを考え合わせたとしても、何千年もかけて文明が進化していった中で、雇用者と労働者が対等だとかお互いに人格を尊重し合うという精神的な面については、あまり進化していないように思います。 やはり、強者が弱者を支配するという構造は、時代を超えて普遍のものなんでしょうかねぇ・・・ by 『労働基準法違反を許すな!労働者』 テーマ:労働基準法と職場環境 - ジャンル:就職・お仕事 |
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給料が安い割に仕事の内容がキツイ!というのは、本当に嫌なものですよね。
私も昔、時給850円で店舗管理の仕事をしていた事がありますが、アルバイトの勤務を管理し、商品の発注と在庫管理を行い、レジ金が合わない時は休日でもよびだされたり、理不尽なお客さんに酷いクレームをつけられたりと、非常に苦労の多い仕事の割には実家住まいでやっと暮らしていける程度の給料しかもらえないという正にワーキングプアな日々でした。 もっとも、そんな仕事にしがみついていた私にも原因はあるんですけどね^^; さて、仕事とその賃金の額の関係と言うのは、市場原理でいうところの「神の見えざる手」というのに支配されていると考える事ができます。 「神の見えざる手」というのはアダム・スミスというイギリスの経済学者が「国富論」という書物の中で使った言葉で、物やサービスの価格は誰かの意図によるものではなく、経済の自然な働きによってまるで”神の見えざる手によってなされたように”自然に決められるとかいうような意味です。 (微妙に違っていたらゴメンなさいm(__)m) 例えばyahooオークションなどでもそうですが、希少価値の高いプレミア商品などは出品者が少なくて、買いたい人が多いので高値で取引されます。 どんなに良い物でも、沢山出品されていて買いたい人が少なければ、値段を下げないと売れなくなるので自然と値段は下落していくでしょう。 これを労働賃金に置き換えた場合、次のようになります。 ・必要とされているのに、それを行える人が少ない仕事・・・高賃金 ・簡単に人員が手配できて、誰でも行える仕事・・・低賃金 一昔前まではホームページをちょっと作れるだけでも「Webデザイナー募集!時給3000円」なんていう求人が沢山ありましたが、これだけ個人でもホームページやブログを作るのが当たり前になってしまった現在ではとてもそんな仕事につくのは難しいでしょう。 高収入の花形職業だったフライトアテンダント(スチュワーデス)の仕事も、今では時給1200円くらいのアルバイト・派遣社員なんていう勤務条件だったりするようです。 そう考えると、これから資格を取ったり転職することを考えている人は、出来るだけ需要が安定していて、特殊なスキルを求められる仕事を探すのが得策と言えるかも知れません。 ・・・やっぱりヒヨコのオスとメスを仕分ける”初生雛鑑別師”が狙い目でしょうか(笑) by 『労働基準法違反を許すな!労働者』 |
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労働者として生きていると、仕事の上でガマンしなければならないことは数多くあります。
もちろん経営者として生きていてもガマンすることは沢山あるとは思いますが、雇われ労働者のガマンは自分の行動の結果を受け入れるというものよりも、自分自身に選択権の無い、つまり主導権を握られた状態でのガマンが多いのではないでしょうか。 労働基準法違反を許すな!労働者の掲示板に寄せられる話題についても、 上司や経営者の不当な差別、いじめに対するガマン 働いているのに収入は増えない、サービス残業に対するガマン 根拠の無い賃下げに対するガマン など、働く上でのモチベーションを大いに下げるガマンを強いられている方が沢山いらっしゃいます。 極論を言ってしまえば世の中というのは非常に理不尽で不公平な面を持っていて、必ずしも正論を唱えたり努力をしている人が評価されるというわけではないと思います。 そういう意味では、時には物事を円滑に進めるために理不尽な命令、発言に対する自分の不満をグッとこらえる、古い言い方をすれば「耐え忍ぶ」ということは大事なのかも知れません。 しかし、物事をガマンするにあたって何よりも重要なのは そのガマンが自分の未来にとってどうプラスになるのか? ということではないかと思います。 基本的な理念が間違っていたり、会社を運営していく基本的な能力が無い経営者のもとで、いくら会サービス残業やいじめに耐えつづけたとしても、明るい未来が待っているとは思えません。 ある意味では精神修行にはなるかもしれませんが、それならそれで実際に養った精神力を発揮する場所(まともな職場)が必ず必要になることでしょう。 「養わなければならない家族がいるから辞められない」 という理由で劣悪な職場環境に耐え続ける人もいるようですが、自分自身の人生の質を低下させるような職場で魂を切り売りしていては人生の質を落とすだけですし、本当の意味で家族を幸せにはできないと思います。 事実、「家族の者が不当な扱いを受けているようで、見ているだけでも辛い」 という相談を頂くことも多いです。(TT) 未来の無い職場で働いていると思ったとき、本当に必要なのはその場で耐え忍ぶガマンではなく、転職活動の不安に立ち向かうガマンなのではないでしょうか? by 『労働基準法違反を許すな!労働者』 |



