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ペコペコするのはみっともない?
ビジネスの世界では年や経験よりも、取り引きをする上での関係や上司や部下という肩書きが立場を決める事が多いと思います。
例えば、年上で有能な平社員と年下で能力もイマイチな上司がいたとしても、立場上敬語を強いられるのは、年上の平社員の方でしょう。

物を売る側の会社の営業マンは、たとえ社内的には役員クラスであっても、お客さん企業の平社員に敬語で丁寧に対応するのが普通です。

こういうビジネス上の関係に対して「ペコペコしてみっともない」みたいな表現をする人がいますが、私は個人的にはそう思いません。

卑屈になったり意味もなく謝ったりする必要はありませんが、腰を低くして相手の立場を立てるのも、ビジネスマンとしての仕事のうちではないでしょうか。



必要ならば躊躇せずにへりくだった態度を取ったり、ちょっとしたお世辞で相手をいい気分に出来る人は、むしろプロフェッショナルでカッコイイと思います。

でも、「ペコペコする人」の中にもみっともない、あるいは情けないと感じる事も確かにあります。

それは、自分の利益になる時だけはやたらとペコペコするけど、自分より下の立場の人や身内に対しては極めて横柄な態度を取る人です。

仕事とプライベートで人との接し方が変わるのは仕方ないかも知れません。

お客さんに対しては非常に丁寧な態度を取る営業マンでも、家族にはある程度自分の感情を見せたり、ワガママを言ったりするのが普通でしょう。

しかし、お金や出世が絡んだ時だけしか礼儀礼節を考えないのであれば、それはプロフェッショナルではなくただの拝金主義者ではないでしょうか?



礼儀礼節は本来、相手のために行うものであるはずです。

それをお金で切り売りする形でしか使えない人は、本当の意味で卑しく心の貧しい「みっともない人」だと思います。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』
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テーマ:働くということ - ジャンル:就職・お仕事

【2012/10/31 09:57】 | 職場環境 | page top↑
なぜ仕事を「兼務」できるの?
会社には色々な肩書き、役職があります。

主任や係長、課長や部長などの役職名は、社会に出たことのない学生でも知っているでしょう。
さらに営業部や総務部など、役割によってもさらに肩書きが増えていきます。

そして、ポストはあるのに人材が居ない場合、兼務というものが発生することもあります。
例えば営業部長と製造部長を一人の人が兼務することで、ダブル役職が誕生したりするわけです。

特に、年功序列の傾向が強い会社では、お年のせいで長期入院したりするお偉いさんも多いので・・・



その人が復職するまではと、別の部所のお偉いさんが、その人の仕事を兼務したりすることがけっこうあります。

でも、これについてすごく不思議なことがあるんですよ。
人間って、そんなに何人分もの仕事を同時にこなせるもんなんでしょうか?

例えば平社員や主任クラスでバリバリ働いている人が、ある日から2人分の仕事をしようと思ったら、ものすごい長時間労働になりますよね?

誤解の無いように言っておきますが、私は兼務が「不可能」だと言ってるわけではありません。
元々有能な人が力をつくせば、2人分の業務をこなせることもあるでしょう。

管理職は頭脳労働の割合が高いので、必ずしも時間に縛られて仕事をしていないというところもあるかも知れません。

ただ、そうは言っても二つの役職を兼務している人が、特に仕事のペースやスケジュールの過密度、労働時間がほとんど変わらない事があるのは・・・

ひょっとしてそのポスト、実は大した仕事してないんじゃない?
と勘ぐってしまうわけです。



会社組織は民主主義ではなく、絶対王政とかカースト制に近いので、普通は上司が部下の評価を受けるということがありません。

だから、会社によっては、誰にも仕事の内容、成果をチェックされることのない「美味しいポスト」が生まれる可能性もあると思うわけです。

みなさんの会社も、複数の仕事を「兼務」している人がいたら・・・
その人が本当に2人分以上の仕事をこなしているかどうか、よく見ておいたほうがいいかも知れません。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

テーマ:働くということ - ジャンル:就職・お仕事

【2011/11/19 12:14】 | 職場環境 | page top↑
なぜ職場の人間関係は悪くなるのか?
会社で働くほとんどの人は、自分の居場所を人間関係の良い快適な職場にしたいと思っているはずです。

しかし、現実はなかなかそうならない。
みんなが「良くしたい」と思っている人間関係はなぜか悪化するばかり。

職場の悩みのトップはいつも職場の人間関係に関するもので、不満を押し殺しながら外面(そとづら)をなんとか保っている人も少なくないはずです。



そこで、なぜこんなことが起こるのかについて考えてみたところ、
人間関係のトラブルは人が他人を自分の思い通りにしようとするから生まれるのではないか?
という仮説にたどり着きました。

人はだれでも自分のことを認めて欲しいと思うから、自分の意見を言葉や態度で主張することがあります。それは当然のことです。

でも、
「あいつは、なんでこういう風に考えられないんだろう?」
「なんで分かってくれないんだ!」
「あいつには無理にでも◯◯させてやらなきゃいけない」
と、同意してくれない相手への態度が怒りに変わったとき、そこに大きなストレスが生まれます。

これが友達関係ならそこで違った道を進めば問題ないのですが、会社ではみんなが否応なしに同じ目的に向かわなければならないので、事態はさらに厄介です。

ある者は「仕事だから仕方が無い」と、無理やり割り切ろうとして同僚への不満を心のなかに押し殺し、またある者は「上司の命令だから・・・」と文句さえ言えず、不満に口をつぐんで働き続けます。



こうして人が人を支配しようとする力と、それに反発する力が混ざり合い、憎しみのヘドロのような職場の人間関係が完成するという図式です。

その結果、本来は同じゴールを目指していたはずなのに、いつのまにか横を走っているチームメイトの脇腹に肘鉄を食らわせながら走るという効率の悪い集団が出来上がる・・・(笑)



ちょっとオーバーな表現ですが、こんな感じの人間関係になっている会社は決して少なくないんじゃないでしょうか?


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

テーマ:労働基準法と職場環境 - ジャンル:就職・お仕事

【2010/10/11 09:25】 | 職場環境 | page top↑
小さな仕事と大きな仕事
社会に出て働き始めると、まず最初に任されるのは比較的小さな仕事だと思います。

営業系なら接客やアポ取りにチラシ配り、製造業ならラインでの流れ作業や備品管理、その他職種を問わず発生するのが備品の買出しや掃除、お茶汲み、ゴミ出しなどの仕事です。

そういった小さな仕事を通して、新米社会人は社会と会社のルールを学んでいくわけです。

これに対して、会社の経営方針を決めたり、人員配置を管理したり社員の教育を行うのは、どちらかというと大きな仕事と言えるでしょう。
大きな仕事を行うのは先輩社員や管理職など、経験豊富な社員であることがほとんどです。

そしてよく言われるのが、
「小さな仕事も一生懸命やることが大切」
「地味な仕事を軽く見てはいけない」

という言葉。



これについてはまさにその通りだと思います。

小さな仕事で十分な経験を積んでいない人に、人の管理など出来るわけがありません。
ましてや小さな仕事をキッチりこなせいないような人は、他の仕事やってもダメでしょう。

しかしその一方で小さな仕事、とくに雑用と言われる掃除やお茶汲み、お弁当の買出し、ゴミ捨てのような仕事だけをずっとやっているのも、それはそれで本人や会社のためにはならないと思うのです。

(誤解の無いように言っておきますが、これはあくまでもその仕事が会社にとって「雑用」である場合の話です。掃除やお茶汲みを提供することを本業にしている会社や専門家の話ではありません。)

その理由の一つ目は、雑用をこなしている間は、その他の仕事の能力がほとんどアップしないこと。

例えば、自分の務めている会社の掃除やゴミ捨てを毎日きっちりやっていても、それだけで優秀な技術者や営業マンになれたり、マネジメント能力が身についたりはしないということです。

もしも任された仕事ならちゃんとやり遂げることは大切ですが、あまりに雑用に時間を取られていては売上に貢献するような他の仕事のノウハウを学ぶ時間が削られてしまいます。

そしてもう一つは、雑用は仕事としての単価が非常に安いということです。

会社員なら命令された雑用をやっていたからといって給料が安くなることはありません。
しかし会社にとっては、高い給料を支払っている社員がアルバイトにも任せられるようなゴミ捨てしていたら、それだけ人件費を無駄にすることになります。



突き詰めて考えれば仕事に優劣は無いと思いますし、いわゆる小さな仕事も大切なのは間違いありません。

でも、地位の固定化が起こっていて小さな仕事しか回ってこないような環境なら、それはそれで問題と言えるのではないでしょうか。

by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

テーマ:働くということ - ジャンル:就職・お仕事

【2010/05/30 17:59】 | 職場環境 | page top↑
人々の働き方が変わるのはいつ?
今では、仕事にパソコンを使うのは当たり前。

申請書、商品リスト、計算書など、未だに全ての書類を手書きで作成している会社はほとんど無いでしょう。

しかし私がまだ小さかった頃、パソコン(その頃は「マイコン」という呼び方が主流だった)まだまだ特殊な存在。オフィス全体で一台とか、会社によってはワープロ専用機しか置いていないという場合もありました。

その時代には、パソコンが普及すれば人の暮らし方や働き方は大きく変ると言われていたのです。



一家に一台パソコンという時代になり、パソコン通信(当時はインターネットが無かった)が全ての家庭に整備されれば、わざわざ会社に出勤する必要も無くなる。

だから満員電車での通勤という苦痛からも開放されるし、障害を持っている人も仕事の機会が与えられる・・・と。

そして数十年が経ち、一家に一台どころか一人に一台PCという家すらある今でも、サラリーマンは満員電車に揺られて会社に通っています。

もちろん数十年前に比べれば、自宅でパソコンを使って仕事をする人の数は飛躍的に増えてはいるでしょう。

しかし出勤の必要が無い働き方をしている人など社会全体から見ればほんの一部。
ほとんどの労働者にとっては、未来図として描かれた「移動に縛られないライフスタイル」とは程遠い状態です。

浦沢直樹氏の人気コミック「二十世紀少年」の中に、
「俺たちの考えてた21世紀ってこんなんだったか?」
というようなセリフがありましたが、個人的にはそんな言葉がピッタリな感じです。



恐らく会社の仕事を社員が家で行うには、管理体制や情報漏えい対策など色々な問題があるのでしょう。

しかし、ITの世界は秒進分歩と言われるくらいの速度で技術開発が進んでいるのですから、創意工夫によって何とかこの問題もクリアして欲しいものです。

ただし、「自宅にいる社員の行動も管理できる」なんていうITソリューションが普及することだけは勘弁して欲しいですが・・・(ーー;


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

テーマ:働くということ - ジャンル:就職・お仕事

【2010/03/17 21:39】 | 職場環境 | page top↑
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