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挨拶と職場の上下関係
挨拶というのは、あらゆる言葉のコミュニケーションの中でも、最も基本的というか、初歩にあたるものだと思います。

小さい子供にお母さんやお父さんが
「○○ちゃん、”こんにちは”でしょ?」
なんて挨拶を促したりするのはよくある光景ですし、外国語を覚えるときに初めに学ぶ単語の中には、ほぼ例外なく挨拶のための言葉が含まれています。



だから、ほとんど無知に近い言語でも、挨拶だけはできる。
日本人なのに日本語すら危うい私でも、挨拶だけなら5ヶ国語、6ヶ国語くらいは余裕です(笑)
挨拶というのはそれくらい基本的なことです。

しかし、何故か会社では「偉くなったら挨拶はテキトーでOK」というローカル・ルールが存在しているのではないかと思えることがよくあるのです。



部下「おはようございます!」
上司「はい。おはよう」

こんな風に言葉遣いに差があるだけでお互いに挨拶になっていれば、まあ納得できるのですが、

部下「おはようございます!」
上司「おう」

これはちょっと礼儀としてどうかと疑問に思います。
さらにひどい例になると、

部下「おはようございます!」
上司「うん」

部下「おはようございます!」
上司「・・・」(無言でうなずく)

部下「おはようございます!」
上司(無視)

ここまでくると、挨拶しているのは部下だけで、上司はただそれを確認しているだけです。
態度としては、
「ああ、お前がちゃんと挨拶できているということは分かったよ」
くらいの感じ。何の反応も示さない(無視しているように見える)上司に至っては、それすら怠っているわけです。

別に上司のあいさつがテキトーだったからといって直接的な被害があるわけではないのですが、立場が上だからといって相手をぞんざいに扱って良いという考え方は、パワハラやサービス残業などの悪しき風習につながるような気がしてなりません。

偉い人でも「おはようございます!」と自分から挨拶をするくらいの人のほうが、人として魅力的だし人を指導する上でも良いと思うのですが、残念ながらそういう人は少数派のようです。



人は「お山の大将」になってしまうと、幼稚園で習ったことすら忘れてしまうものなのでしょうか・・・


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』
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テーマ:労働基準法と職場環境 - ジャンル:就職・お仕事

【2010/01/27 19:52】 | 未分類 | page top↑
高給取りのボーダーラインと生活
いわゆる「高給取り」というのはどれくらいの収入の人を指すのでしょうか?

ハッキリとした定義やボーダーラインが決まっている訳ではないのですが、数人の人にリサーチしてみたところ、「年収1000以上」という意見が圧倒的多数でした。

「高給」というからには雇われ人であることが前提でしょうし、サラリーマンの平均年収が400万円台であることを考えると、その2倍以上にあたる年収1000万円という金額は、確かに「夢の大台」と言えるのかも知れません。



しかし、実際に年収が1千万円くらいという人の話では、社会全体から見れば給料が「高め」という感覚はあるものの、自分が裕福だとか、お金持ちだという意識はほとんど無いに等しいそうです。

まず、一番大きいのが税金など、収入から差し引かれてしまう色々な費用の問題。

日本は累進課税、つまり収入が多くなると飛躍的に税率が上がるようになっていますから、会社からの総支給額が1000万円あっても、手元には700万円台くらいの金額しか残りません。

しかも、高給取りの雇われ人は都会に住んでいる事が多いので、それなりに生活費もかかります。

独身者ならともかく、結婚していて首都圏の交通の便の良いところに住んでいたら、20万円くらいの家賃はすぐにかかってしまうでしょう。

さらに車などを所有すれば、生活にかかる必要経費はもっとアップします。



そうすると生活レベルとしては、
「都心に近い、それなりに広さのある家に住めて、高級車ではないけれど車も持てて、給料の中から少しずつ貯金も出来る」
というくらいの庶民的な感じ(少なくとも本人はそう思っている)になってしまうんだとか。

それでもサラリーマンの平均年収にも満たない給料しかもらっていない私のような人間にしてみれば羨ましい話ではあるのですが、社会的には「高給取り」と呼ばれる人達の生活も、我々が想像しているほど"セレブ"なものではないのかもしれません。

なお、実際に年収1000万円以上の人の収支内訳や経済観念などの詳細な情報については、私がそのレベルに達したときに改めてご報告させて頂きたいと思います(笑)


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

テーマ:働くということ - ジャンル:就職・お仕事

【2010/01/14 19:47】 | 世知辛い話 | page top↑
資格を持っていても路頭に迷う?
「芸は身を助ける」という言葉があるように、社会で働いていく上で何らかの資格を身に着けておくことは、とても有益だと思います。

特に不況の時代には将来への不安のためか資格取得を考える人が多く、他の企業が業績を悪化させる中でも、資格取得ビジネスはなかなか盛況なんだとか。

しかし、企業に注目されるような資格をたくさん持っているからといって安心できるかというと、必ずしもそうでは無いようです。

つい最近、私は自分の勤めている会社の採用情報に関わる仕事をしたのですが、その応募者の中には、一般的には「取るのが難しい」と言われている資格がズラリと並んだ経歴データを持っている人も何人かいました。

そういう方は前職でも年収もかなり高い傾向にはあるのですが、残念ながら今は無職。



さらにその人たちに対して私の会社が下した決断は「不採用」。
能力的にはすばらしくても、前職の賃金や経歴に見合うようなポストがとても用意出来ないというのがその理由です。

恐らく、企業にアピールできる資格を持っている人たちは「えり好み」さえしなければ再就職先はいくらでも見つかることでしょう。
しかし、もともと高収入だった人は、転職してもそれなりの収入がないと生活していけないと思います。

そうすると結局、ハイレベルな求人をめぐって他のハイレベルなライバルたちと戦わなくてはならないわけです。

そもそも、資格というのはそのほとんどが人に雇われることを対象としたものであるような気がします。

それぞれの資格のコンセプトは「知識や技術が一定のレベルに達していること」だと思いますが、世の中のしくみとしては、「人を雇う側が目印にしているラベル」のように使われていることが多いのではないでしょうか?

そうだとすると、いくらたくさん資格を持っていても、常に企業の都合に振り回されるという事情は変わらないことになります。



自分の力で生き抜いていくためには「資格さえ取れば」ではなくて、会社に雇われることを前提としなくても、自分の能力で収入を得るための手段を模索していくことが必要なのかもしれません。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

テーマ:就職・転職・仕事・求職・アルバイト・パートのNo1最新情報 - ジャンル:就職・お仕事

【2010/01/01 18:30】 | 未分類 | page top↑
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