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文明が進化すると食えなくなる?
何かの仕事をしていることを「これで食ってる」と言うことがよくあります。
また、仕事をしないと「食べていけない」というのもよく聞く表現です。

極端な話、人は家がなくても服がなくても何とか生きていくことはできますが、食糧が無くては生きてはいけません。

だからお金が一番優先して割り当てられるのはまず食費。
貧乏な人はエンゲル係数が高いというのもその証拠の一つでしょう。



そういうことから考えると働くことは、生きるために食べることとつながっていると言えるのかも知れません。


その昔、人はお金による取引ではなく、自給自足で食糧を得て暮らしていました。

物々交換などはあったと思いますが、基本はみんながそれぞれ自分の食糧を確保するという形に近い社会だったはずです。

そんな時代には文明が原始的でも、我々が想像している以上に栄養状態が良かったと言われています。

そして、だんだんと知恵が発達し、農耕などもできるようになり、食糧事情は時代と共に更によくなっていきました。

でも、あるときその食糧事情の改善に強力なブレーキがかかります。
年代としては、江戸時代から明治時代に、栄養状態の悪化により、平均身長が低くなっている時期があるのです。



この原因の一つと考えられているのが不労階級の増大、つまりは一種の格差社会です。

これはつまり、上下関係が出来て権力を持つ層が登場して、働かないで他人が生産・調達した食糧を食べるようになり、大多数の庶民が食えなくなったということです。

文明は発達して食糧を得る手段や得られる量は増えているのに、なぜか栄養失調気味の人がたくさんいる時代・・・



他にも文化的に肉を食べ無くなったことが原因としてあると言われてはいますが、人の食に対する欲求は根強いですから、個人的にはその影響は限定的なんじゃないかと思うのです。

今も格差社会と言われてはいますが、江戸や明治の格差社会は文字通り「食えない」という状態だったわけですから、それに比べれば現代の格差の方がマシなのかも知れません。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』
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テーマ:労働基準法と職場環境 - ジャンル:就職・お仕事

【2010/09/26 09:42】 | 世知辛い話 | page top↑
いらないポスト、ありませんか?
少ない人数で仕事をしていると、一人当たりの負担も大きく、それぞれの役割もはっきりしていることが多いものです。

だから、誰かが手を抜いたりサボったりすれば「お前何やってるんだ!」とすぐに責任を追求されます。

でも、組織がある程度大きくなり構造も複雑になってくると、少しくらい人が抜けてもそれなりに仕事が回ることもよくあります。

2人で荷物を持っているときに片方が力を抜けばすぐわかるけど、大勢で綱引きをしているときに一人くらい「頑張っているフリ」をしても気づかれにくいのと同じ原理です。

そして、会社でもこれと同じ原理で実質的には労働力になっていないのに、分け前だけは一人前、いや人並み以上にもらう人が生まれてしまうことがあります。

企業同士の競争が激しい現代では、基本的に無駄な部分はどんどん削減されていく傾向にありますから、普通は会社の運営に貢献していなければ「もっと人を減らせるだろう」とスリム化の対象になってしまうのが普通です。

だから、下っ端の社員や現場の第一線で働く労動者が「働かずに分け前だけもらう」ポストにつくことはまず難しいでしょう。

しかし、ある程度権力のある地位にいる人たちであれば話は別です。
彼らは経費削減を「命じられる側」ではなく「命じる側」ですから、自分たちのポストを自分たちで確保することすら可能な場合があります。

そして下っ端の労動者が
「作業員の数を減らして会社に利益を!」
なんて言わないのと同じように、自分たちに損な事を言い出すことはありません。



さらに彼らの決定は会社の決定にも成り得るので、会社全体が厳しくなっても楽にのうのうと居座ることができるわけです。

大抵の場合、そういう「美味しいポスト」には◯◯顧問、◯◯監査役、◯◯相談役などの「何となく偉そうな肩書き」が用意されます。
(注:こういう肩書きの人が役立たずなどというつもりは毛頭ありません。あくまで「お手盛り」ポストに付けられやすい役職というだけの話です。念のため)

会議には出席するし、発言もそれなりに影響力がある。
でも、誰も表立って指摘はしないけれど、実は会社の業務にはあんまり貢献していない(笑)


私もいくつかの会社で働いたが、そういうポストにある人がたまたま定年退職したり長期病欠しても、何の問題もなく仕事がまわっていることがよくありました。



きっと「仕事ありき」ではなく「人ありき」、つまり「この人に何か役職を用意して・・・」というところから生まれたポストだったのでしょう。

一番責任のある経営陣、だけど最初に責任を取らされるのは下っ端社員で、経営陣に被害が及ぶのは一番最後。
これが資本主義というものなのかも知れませんが、なんだかずるいような気がしますよねぇ。


by 『労働基準法違反を許すな!労働者』

テーマ:労働基準法と職場環境 - ジャンル:就職・お仕事

【2010/09/11 20:13】 | 疑問に思うこと | page top↑
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