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その昔、バスケットボールの神様マイケル・ジョーダン選手がNBAで大活躍していた頃、私は自分の収入とジョーダン選手の収入を比較してみた事があります。
大スターとして活躍していたジョーダン選手もフリーターであった私も、経営者に雇われて労働の対価としてお金を受け取っているという広い意味では同じ労働者です。 恐竜と微生物くらいのスケールの差はあっても、ある意味では同じ土俵に立っているのですから、収入を比較したっておかしくは無いでしょう(?) その当時のジョーダン選手の年収は約100億円と言われており、一方フリーターだった私の年収は200万円程度。 単純に両者の年収を比較すると、50000000:1という比率になります。 つまり、私にとっての一円とジョーダン選手にとっての5000万円は収入比ではほぼ同じ価値。 5000万円で家が売られていたとして、私なら一生かかっても払えるかどうか分からないどころかまず契約自体が不可能ですが、ジョーダン選手なら財布の中の小銭(しかも一円玉)で買えてしまうくらいのものすごい経済格差です(笑) 貧乏人の私の感覚からすると、そんな大金があったら色々なものをポンポン買ってしまいそうに思えるのですが、実はお金持ちの人、特に自分でお店や会社を経営しているお金持ちの感覚というのはそういうものではないそうです。 あるお金持ちの人は著書の中で 「お金に縁のない人は、お金持ちが1万円札を100円玉のように使うと思っているだろうが、実は全くの逆だ。お金持ちは貧乏人が1万円を使うくらい慎重に100円玉を使おうとする」 というような事を書いていました。 一方でお金持ちは、お金を使う対象に「金額以上の価値がある」と思えば、1億だろうと10億だろうと躊躇せずお金を出すこともあるそうで、この辺りの考え方というか、お金に関する哲学が私のような貧乏人との格差につながっているのかも知れません。 会社に勤めていると、 「そんなところの費用までケチらなくてもいいのに・・・」 と思うことがよくありますが、経営者として会社を維持して行くためには、それだけシビアな感覚が必要な部分もあるのでしょう。 もちろん節約して会社の利益が増えたら、その時は労働者にも還元してくれないとやってられないですけどね(笑) by 『労働基準法違反を許すな!労働者』 |
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